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2010年1月

2010年1月30日 (土)

母校の後輩、行政を動かす!

29日付の新潟日報の記事。JR巻駅前交差点にある歩行者用信号の青信号の点灯時間が約10秒間長くなったとのこと。

僕の母校である巻北小の6年生高野君が「お年寄りや障害のある人が余裕を持って歩けるようにして欲しい」とタウンミーティングで篠田新潟市長に直訴したんだそうです。

駅前の学習塾に通う高野君。横断途中で信号が点滅し、慌てて走りだす高校生らの姿を見て、「足の速い大人や高校生でも渡りきれないんだから、青信号の時間が短すぎるんじゃないかと思った」と記事は伝えています。

「時代に合わせ歩行者に優しく見直すことも大切。ほかにもあれば意見を寄せてほしい」とは警察のコメント。

毎日の暮らしの中で感じた不安や不満をストレートに行政にぶつけた高野君、その高野君の声に敏感に、そして柔軟に対応した新潟市と警察―理想の構図ですよね。

「条例にこう書いてある」とか、「慣例に従って」とか、ややもすると行政は市民に冷たい対応をしがち。だけど、まちで暮らすのも人ならばそのまちをつくるのも人です。

“血の通った行政”を垣間見た記事でした。

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2010年1月29日 (金)

貴乃花親方のこと

八百長疑惑や暴行致死、大麻汚染などで揺れる角界。大鵬、北の湖、千代の富士、若貴と築かれたその国民的な人気は今や風前の灯です。

外国人力士に依存せざるを得ない現状で、朝青龍のやりたい放題にも目をつぶるしかない相撲協会。なんとも情けない。

その協会理事選に貴乃花親方が強行出馬!

2010012800000034maipspothum000年功序列で古いしがらみが根強い相撲協会で、改革を掲げて真っ向から立ち向かうというんですから貴乃花親方はよほど強い信念を持つ男か、それともKYの典型か・・・

先輩親方の中には「まだ若いんだから次回の立候補を目指すべき」との意見もあったけど、彼は「今じゃなきゃダメ」という想い一つで厳しい戦いに挑もうとしています。

同世代の僕としては彼の勇気ある行動に敬意を表したいしエールも送りたい。

社会や時代が大きく変化していく中でスピード感をもって対応していくことがどの分野でも必須の課題です。これまでの常識にとらわれていては気付いたときには自分たちだけ取り残されてしまう。

もちろん、守るべき伝統や慣習は守らなければなりません。しかし、そればかりでは新しい展望は見えてこない。

明大中野中学で貴乃花親方と同級生だった僕の友人から聞いたことがあります。野球で塁に出ると必ず“走る”んだそうです。試合展開やカウントなんかお構いなし!付いたあだ名は『暴走花田』。

今回も先輩親方衆の多くは『暴走貴乃花』と思っているかもしれません。それでも、自分の正義を貫く姿勢は中学時代と変わっていない貴乃花親方。理事選の 結果に注目です。

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2010年1月28日 (木)

平野官房長官の真意とは?

今日午前の参院予算委員会で、鳩山総理は山本一太議員の米軍普天間飛行場移設質問に対し、「私は覚悟を持って5月末までに決める」と答弁。

内政と外政、連立与党内でのネジレなどが絡み、とても複雑化しているこの問題の出口は一体どこにあるのでしょうか…

名護の市長選では移設反対を主張した候補者が勝利。民主党はこの候補を推薦していましたが、県連任せの選挙で、民主党本部から大物議員が応援に駆けつけることはなかったらしい。

与党民主党としては接戦で移設容認の現職市長が勝利してくれる筋書きを描いていたのかもしれません。

20100126k0000m010136000p_size5そんな選挙結果を受け、平野官房長官は「(選挙結果を)斟酌(しんしゃく)しなければならない理由はない」など発言を繰り返し、地元住民はもちろん、閣内からも反発の声が上がっていますね。

今日なんかは、一般論としながらも「強制収用」にまで言及していました…

この一連の官房長官発言の真意は一体何か?

“閣内不一致”とか“官房長官として不用意な発言”とか言われますが、それはちがう。とっても政治家的な発言で、一人ドロをかぶっている状況だと思います。

アメリカはキャンプ・シュワブ・オンリーなわけで、この時点で辺野古案を消してしまうことなんて外交上あり得ない。閣内のナンバー2である官房長官が一人でその可能性を示しておくことは5月に行き詰った場合の布石としては悪くない。

そんなことはぜ~んぶ承知の上での“化かし合い”しているって印象です(-_‐)

自民党も苦しいですね。

敗れた移設容認派の現職市長を推薦していたということは、自民党としては辺野古移設を実現する立場にある。辺野古移設をアメリカと約束したのは自民党政権なわけだから当然といえば当然。

しかし、平野官房長官の発言に対しては、「民意を軽視してケシカラン!」と言わざるを得ない。

なんだかむなしい気分になります。

政治とは一体誰のためにあるのか?どこを向いて政治がなされなければならないのか?

それぞれがそれぞれの立場で“ガス抜き発言”をされるのもいいけれど、鳩山総理がしっかりと一つの方向性を示すべき時期です。

もちろん、水面下で交渉・調整が行われているとは思いますけどね…

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2010年1月23日 (土)

三条に室内ゲートボール場を!―医療費抑制を目指す

新潟県ゲートボール連盟の長島忠美会長のご紹介を受け、関係者の方とお会いしました。

ゲートボールといえば、父方・母方のじいちゃん二人ともハマッてた記憶があります。

母方のじいちゃんはもともとお米屋さんだったので近所付き合いもあったようですが、父方のじいちゃんは月の半分を九州に出張しているような現役時代でしたから近所付き合いはほぼゼロ。

そんなじいちゃんに家族が無理矢理ゲートボールをはじめさせたところ、それまでは犬の散歩に出かけることくらいしかなかったじいちゃんも喜んでお仲間の待つゲートボール場に向かうように…

関係者のお話によると、旧三条市地区のゲートボール人口は減少気味とのこと。

え、そうなの?だって、高齢者は増えているはずじゃん?

その理由は、冬場でも楽しめる室内球場が体育文化センターだけで市内に一ヶ所だということ。

僕の住む西潟・井栗地域などから通うのはかなり大変で、僕のじいさんが健在だった10年ほど前に多くの連盟の会員も今ではほとんどいなくなったとか。

複数のグループが順番に一ヶ所の球場を使用するわけだから、当然プレイできる回数も減ってくる。

「遠いし、なかなか順番も回ってこないし」ってことで段々と足を運ばなくなってしまうということらしい。せっかく夏場はいい汗流していたのに、冬場はコタツに入って酒ばっかり飲んじゃうから春になっても外に出る気力も体力も失せちゃう。

お隣の加茂市は冬場でも多くの高齢者が楽しめる球場が整備されているんだとか。

三条市では『さんちゃん健康体操』で高齢者の健康づくりや介護予防に取り組んでいます。こういった政策はとてもいい。ただ、周知もこれからだろうし実際の効果がみえるのにも時間がかかる。

ゲートボールで体を動かし仲間たちと楽しく過ごすというのは肉体的にも精神的にも高齢者を元気にします。

病院の待合室で集うのではなくて、球場で集う―そうなれば医療費もグッと抑制されるかも。

「せめてもう一ヶ所室内球場があればありがたい」とは昨日お会いした関係者のおコトバ。

予算の問題もありますが、これまで三条を支えてきてくれた高齢者の皆さんの要望が強いのであれば検討の価値はあると思います。

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2010年1月17日 (日)

8年ぶりの床屋さん

東京での秘書時代、散髪はいわゆる“10分カット”がほとんどでした。たま~に美容院に出かけたりもしましたけどね。

携帯で混雑状況や待ち時間が確認できるし、手軽だし、何といっても安い!親子連れや若い女性客も多かったですね。首都圏にはかなりの店舗数があると思います。

そんな“10分カット”で11月末に刈った頭も伸びてきたので8年ぶりに町内の床屋さんへ。

そこには8年前と変わらない、職人肌のご主人と明るくてお話し上手な奥さんの姿がありました。

まず洗髪、そしてカット。カットの後にはまた洗髪。今度はたっぷりのクリームにくすぐられながら眉毛やら顔やらのシェービング。お肌のお手入れに鼻毛カット、耳掃除。首から肩にかけての念入りなマッサージ。仕上げはブローとヘアクリームでのセッティング・・・まぁ、ざっと1時間ほどの行程でしょうか。

家に戻ると妻から「顔がキレイになったね」と思いがけないおコトバ。

確かに料金は“10分カット”の3倍以上。このご時世、削れるところは削るというのが賢い暮らし方なのかもしれません。だけど、やっぱり効率性だけを追い求めるだけではいけないような気もします。

床屋さんは情報交換・意見交換の場でもあるんですよね。8年前に高校生だった息子さんはもう24歳で、その息子さんの同級生で僕が塾で教えていた生徒はもう結婚したとか、あの家のおばあちゃんは90過ぎた今も元気だとか。

散髪が終わった後はコーヒーをいただきながらしばし雑談。帰りにはボールペン、ポケットティッシュ、綿棒セットのお土産付きでした。

もちろん、“10分カット”を否定しているのではありません。時代背景と合間って店舗数が増え、利用者が増えていることもよく理解できます。

そういった新興勢力が伸びてくる中で、技術とサービスというお客の満足度に特化して生き残りをかける床屋さんの姿がたくましくもあり、学ぶべきところを感じた次第です。

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2010年1月15日 (金)

20数年ぶりの「ローソクまつり」

毎年1月14日夜から翌朝にかけて八幡宮で行われるのが「ローソクまつり(正式名称:献灯祭)。

三条市のHPによると『江戸末期の安政年間(1854~1860年)のころ、家内安全、商売繁盛を祈願して大ろうそくを奉納したことが始まりとされ、平成17年に改修された新しい拝殿内に今年は32本もの大ろうそくが奉納された』とのこと。

八幡さまの東鳥居入口にあった吉熊(よしくま)米店というのが僕の母の実家。祖父が亡くなり米屋は廃業、実家も今では転居しましたが、建物は今でもそのまま残っています・・・

子どものころ、父の誕生日でもある1月15日の小正月に母の実家にお呼ばれするのが年中行事の一つで、前夜からの灯火を終焉した奉納ローソクの片付けを見に行くのが楽しみだったものです。

何年かに一度は14日が休日という巡り会わせで、実際の「ローソクまつり」も体験した記憶はありますが、かなり薄っすら。せっかく、ふるさと三条に戻ってきたということで夕食を済ませた後、母に長女をまかせ、妻と二人で20数年ぶりの「ローソクまつり」に行ってきました。

北三条駅からあの頃はまだ影も形もなかったJR弥彦線の高架の下を歩きながら、子どものころの思い出を妻に語りながらちょっとはしゃぎ気味で“旧吉熊米店”を横目に見ながら境内へ進むと、そこには20数年前に見たのと同じ光景が広がっていました!

Sany0031お札やダルマなどのお炊き上げの横では先端にスルメをくくりつけた長い竹の棒の売り子さんたち。大人たちにねだって買ってもらったスルメを丸焦げにして食べられなくなった記憶がよみがえります。

先へ進むと神殿に向かって鳥居の先まで参拝客が行列をつくっていました。

アイスバーンの足元からキンキンに冷え込む中、30分ほどでようやく参拝。ふるさとに戻ってきたこと、新しい家族のこと、春の挑戦のこと・・・たくさんお願いしちゃいました。

Sany0030神殿内には、三条市内の企業や個人の方々から奉納された巨大ローソクの火が整然と並べられ、なんとも厳かな雰囲気です。

ところで、参拝の行列で僕の後ろに並んでいたオバちゃんのご意見―昔は15日が成人の日でバカよかった。なんでハッピーマンデーなんてつくったんだろ?東大出のお役人さんとか政治家はこういう田舎のまつりのことなんでな~んにも考えてないんだろうねぇ。

なるほど。

1948年1月15日に施行された成人の日。元服の儀が小正月のこの日に行われたことから1月15日に決まったらしい。

小正月に合わせて15日やその前夜に催しを行う地域や集落は全国にもきっと多いはず。全国各地でオバちゃんと同じ思いを持った人がいたかもしれませんね。

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2010年1月13日 (水)

これぞ新潟の冬

新潟市などに記録的な大雪をもたらした12月以来、ここ三条をはじめとした内陸部でも雪はほとんど消え、少し気を抜いていたのですが・・・

今日の新潟はスゴイ。ここ三条も朝9時過ぎくらいから吹雪いてきはじめて、“暴風雪警報”といういかにも恐ろしい響きの警報が出されました。

久しぶりですね、車を運転していて前が見えないという経験は。

ホントに怖いんです。霧の中を走っている感じ。前も後ろも見えなけりゃ、どこまでが道路でどこからが田んぼかも分かんない。

佐渡へ向かうフェリーはもちろん、新幹線・在来線や航空便にも大きな影響が出た模様です。私立高校の入試日が重なったから大変です。新潟市内は停電で大渋滞だったとか。

何しろ風が半端じゃありません。強風に混じった固めの雪が肌を突き刺します。

こんな日は外に出ちゃいけないのかもしれませんね。

雪が深々と降り積もってゆく景色は確かに情緒がありますが、この吹雪はふるさとに戻ったことを実感させてくれます・・・

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2010年1月 9日 (土)

世代交代を考える

今夏の参議院選挙で比例候補の公認を求めていた山崎拓前副総裁(73)と保岡興治元法相(70)を自民党は公認しないそうです。

自民党には比例候補者の「70歳定年制」があります。時の小泉純一郎総裁が中曽根・宮沢の総理経験者に引導を渡したことは記憶に新しいところですよね。

今回の自民党の判断は党規に沿っただけのこと。驚く話ではありません。

ちなみに、高齢でも第一線で活躍する優れた学者や経営者や芸術家などはたくさんいるし、それは政治家でも同じ、というのが僕の考え。

「年寄りだからダメ、若いからイイ」ってわけじゃありませんもんね。

それでも、どこかの時点で世代交代をする必要があるわけで、崖っぷちの自民党は世代交代なしにはこの国の大きな転換期を乗り切れないし党再生もできないという判断をしたのかもしれません。

現職議員でなくなってからも宮沢氏には多くの党幹部が訪ねていたし、中曽根氏の語る国家論・外交論は今なおこの国の道しるべとなっていることは周知の通り。彼らはバッヂをはずしてからも“政治家”ってことですよね。

自民党の支部長を認められない落選者や公認を受けられなかったり自民党では勝ち目がないと判断した現職議員の離党者が続出しています。山崎さんは国民新党からの出馬も噂されているようですし。

彼らのことをどう見るか―ただただ国会議員という立場にしがみついていたいだけなのか?それとも国家を憂いてどんな批判を受けてでも国会議員として働きたいのか?

いずれにせよ、それを判断するのは有権者です…

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2010年1月 7日 (木)

ウチの子 今日で一ヶ月

100107_1044020005_2予定日より10日遅れで産まれた長女が今日で一ヶ月を迎えました。
新米パパの感想(09.12.8)

年末の引越しやお正月の親戚デビューなど彼女にとっては少しお疲れの一ヶ月だったかも。父親としては申し訳ない気持ちです。

夜泣きがひどくて朝方まで眠ってくれないと困惑し、熟睡してピクリとも動かなかったりすると「息してる?」なんて心配になったり。

子育てデビューのママとパパは悪戦苦闘の毎日ですが、昨日より今日、今日より明日と成長を実感させてくれる腕の中のわが子の姿に思わず表情が緩みます(^―^)

一ヶ月経った彼女はといいますと…

オッパイ大好きなせいか、かなりデッカくなりました。ほっぺたなんてプヨンプヨンです。お腹や腕、足は結構絞まってるんですけどね。かなり重たいです。

それから、生後すぐのわりにフッサフサの髪の毛が少し抜け気味のような。生え代わってるんですかね?

一ヶ月経ったパパはといいますと…

オムツ替えが少し早くなりました。それと基本は母乳ですが、たまにミルクを作って飲ませたりしています。適温じゃないと飲んでくれなかったりしますけど。

なーんて、偉そうに言っちゃいましたけど 僕が携わるのは夜の間のほんの一時。妻は24時間面倒をみているのだからホント頭が下がります。知人もいない旦那の故郷にやって来て孤軍奮闘しているんですから。

「子育てなんて皆やってきたんだッ!甘いこと言うなッ!」っていう厳しい声も聞こえてきそうですが、親の性格とか子育ての環境は100人いたら100通りあるわけで。子育てを苦痛に感じている人たちも少なくないかもしれません。

三条市のHPでもトップページの目立つところに『子育て支援』の項目があって、様々な取り組みをしています。転入の手続きで三条市役所を訪ねた際、資料を示しながらかなり丁寧な説明をしてもらいました。

国をあげての少子化対策で、三条市に限らず全国の自治体でかなり手厚い子育て支援をやっています。ただ、これが出生率アップに直接つながっているかどうかはやや疑問。

普通は子どもが産まれてからどんな子育て支援があるか初めて知るわけですから。僕もそうでした。それから、どんなに支援メニューが充実していてもそれを使いこなせないことも多いような気がします。

どんな支援策を準備するか、その支援策を積極的に活用してもらうことはもちろん、子育て世代だけにではなく社会全体に子育て支援が充実していること・子育ては楽しいということを周知することが課題ではないでしょうか。

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2010年1月 4日 (月)

火花散る仕事はじめ

今年は久々に正月らしい正月。

3日に親戚が集まるのが恒例。仕事にかまけてちゃんと出来ていなかった結婚や長女の誕生、三条に帰郷したことなどをこの日報告しました。

長年親戚付き合いを怠ってきた甥っ子を温かく迎えてくれたおじちゃんやおばちゃんたちに感謝です・・・

ところで、今日4日が仕事はじめだったところも多いようですね。

三条金物卸センター内にある僕の父親と母親の働く会社は今日まで休みでしたが、センターの新年会があったり、新年のあいさつに来られる方もいるので父と母は朝から出勤。

ところが、朝から事件が起きました!

シャッターが開きません。お隣にいたっては電気が灯らず仕事にならない状況。

100104_115901東北電力に問い合わせたところ、年末年始の吹雪で電線が破損したことが原因のようで、三条市内各地で同様の事故が発生しているとのこと。

電線からは火花が飛び散り、時折“バチッ、バチッ”と高い音が小雪舞う団地内に鳴り響きます。怖いっ!

ようやく到着した2台の作業車の姿を見てひと安心。

仕事はじめのこんなハプニングも雪国ならでは。「ふるさと三条に戻ってきたんだナ」って改めて実感したのでした・・・

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2010年1月 1日 (金)

ツルツルの2010年元日

日本列島2010年の幕開けは、天気予報通り強い冬型の気圧配置に覆われて日本海側で大雪となりました。空の便や鉄道、道路にも様々な影響が出たそうで、新年早々ひどい目にあった人も多かったかもしれませんね。

僕の住む三条は思ったほど積雪はありませんでしたが、とにかく一日中寒風吹き荒むといった具合で道路はツールツルッ!

帰郷するにあたって用意した雪国用の長靴もさすがに効かず、不覚にも中学生以来となる転倒を喫してしまいましたbearing

それでも身体は覚えているようで、見事な受け身で特にケガはなし。

七転び八起き―つまづくことも転倒することも多い年になりそうですが、必ず最後は立ち上がることを決意した2010年元日でした。

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