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2011年10月

2011年10月25日 (火)

上越市議会に学ぶ

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上越市議会に学ぶ

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2011年10月23日 (日)

秋の視察・研修日記②③

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秋の視察・研修日記②

秋の視察・研修日記③

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2011年10月19日 (水)

秋の視察・研修日記①

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秋の視察・研修日記①

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2011年10月13日 (木)

福島米のゆくえ

福島米 知事が安全宣言!―今朝の新聞一面、ニュース番組のトップで伝えられています。

福島県内48市町村でのことし作付けの一般米の放射性物資の本調査が完了し、1174地点全ての検体でセシウムが基準値以下だった結果により、作付けを行わなかった原発周辺の11市町村を除く県内全域の米出荷が可能になったとのこと。

ニュースキャスターやワイドショー司会者は、こぞって「よかったですね~。だけど、風評被害が心配。福島米は安全です。福島米を購入することも支援の一つです!」なんてことを言っちゃってますが・・・

そのキャスターや司会者は自分で福島米を買って食べるのかッ!?

新聞の小さな記事に生産農家の本音がありました『自分でも食べたくないコメを出荷してどうするのか』と。

検査結果は間違いないと信じたい。だけど、これまで7ヶ月の政府や東京電力のデタラメな対応や情報の不確実さに国民は辟易としているわけで。

昨年まで福島米を食べていた人たちは新潟の米でも九州の米でも代替できる。福島米を食べなくても死ぬわけじゃない。しかし、福島米を食べてもらわなければ福島の生産農家は死ぬ。

“風評被害”なんてコトバでは片付けられない福島産農作物のゆくえ。将来的な東電の賠償はもちろん、福島の農業そのものの展望を国は本気で示して欲しい。

最後に。

福島出身の妻の実家は米の専業農家。

毎年、この季節には新米を送ってきてくれますが、今年はなし。気を遣ってのことでしょう。

そんな気遣いに、少しホッとしている自分がいます。

いつも彼らを気遣う言動を繰り返しているくせに。実に情けない。

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2011年10月 3日 (月)

悼む―ネパール墜落事故死の上島さん

一報は先月末の連休最終日、25日の夕方のこと。Y新聞新潟記者からの「上島俊範をご存知ですか。ネパールで事故に遭われたようですが・・・」の電話でした。続けてA新聞記者からの同様の問合せ。

留学経験を持つ上島さんは大手電機メーカーから外資系IT企業の人事担当として勤務し、その一方では社会貢献・国際貢献に積極的に動いていた新潟市出身の30歳の青年。

政治にも強い関心を持ち、志を同じくする全国の若い政治家や政治家志望者が組織する龍馬プロジェクトの役員としても活躍されていました。

その龍馬プロジェクトへの入会のお誘いということで、東京からわざわざ三条まで面会に来ていただいたのが上島さん。昨年の12月23日のことでした。

新潟県内に同会への参加議員がいないということで、春に初当選した僕を訪ねていただいたわけです。

三人でお越しいただきましたが、特に新潟出身の上島さんとはいろんなお話をさせてもらいました。

国政の状況はもちろん、地方分権・地域主権にも話題は及び、「近い将来地元に戻って地域貢献をしたい」という想いも伺いました。僕のふるさと三条に戻っての議員活動について、熱心に聞き入ってくれた姿が印象に残っています。

決して出しゃばらず、しかし信念をしっかりと持って静かに想いを語る上島さん。

このような形で彼を失ったご家族、ご友人、同僚の方々の悲しみや悔しさは察するに余りあります。

そして、これから長いお付き合いが始まろうとしていた僕にとっても、同じ志を持った優秀な同世代の仲間を失ったことは痛恨の極みです。

彼の分まで精一杯歩みを進めていくことが残された僕らの使命です。月並みですが・・・

心からご冥福をお祈りいたします―合掌

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