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2011年10月 3日 (月)

悼む―ネパール墜落事故死の上島さん

一報は先月末の連休最終日、25日の夕方のこと。Y新聞新潟記者からの「上島俊範をご存知ですか。ネパールで事故に遭われたようですが・・・」の電話でした。続けてA新聞記者からの同様の問合せ。

留学経験を持つ上島さんは大手電機メーカーから外資系IT企業の人事担当として勤務し、その一方では社会貢献・国際貢献に積極的に動いていた新潟市出身の30歳の青年。

政治にも強い関心を持ち、志を同じくする全国の若い政治家や政治家志望者が組織する龍馬プロジェクトの役員としても活躍されていました。

その龍馬プロジェクトへの入会のお誘いということで、東京からわざわざ三条まで面会に来ていただいたのが上島さん。昨年の12月23日のことでした。

新潟県内に同会への参加議員がいないということで、春に初当選した僕を訪ねていただいたわけです。

三人でお越しいただきましたが、特に新潟出身の上島さんとはいろんなお話をさせてもらいました。

国政の状況はもちろん、地方分権・地域主権にも話題は及び、「近い将来地元に戻って地域貢献をしたい」という想いも伺いました。僕のふるさと三条に戻っての議員活動について、熱心に聞き入ってくれた姿が印象に残っています。

決して出しゃばらず、しかし信念をしっかりと持って静かに想いを語る上島さん。

このような形で彼を失ったご家族、ご友人、同僚の方々の悲しみや悔しさは察するに余りあります。

そして、これから長いお付き合いが始まろうとしていた僕にとっても、同じ志を持った優秀な同世代の仲間を失ったことは痛恨の極みです。

彼の分まで精一杯歩みを進めていくことが残された僕らの使命です。月並みですが・・・

心からご冥福をお祈りいたします―合掌

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