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2012年1月

2012年1月26日 (木)

一体校工事契約、賛成15で可決

所属会派『新しい風』ブログ、書き込みました!

一体校工事契約、賛成15で可決

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2012年1月21日 (土)

石巻の今・・・その2

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津波に飲み込まれた門脇小学校は全焼。しかし、児童たちは高台に避難して奇跡的に無事だった。

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門脇小とは対照的に108名の児童のうち70名が、12名の教職員のうち10名が犠牲となってしまった大川小学校。形式ばった校舎でなく、校庭をグルリと囲むような教室の配置だったようで、子どもたちがのびのびと学校生活を送っていたことを感じさせる・・・

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大川小のあった釜谷地区には113戸の住宅があったが、土台を残しすべて流出。建物の形だけ残ったのが大川小とこの診療所。釜谷地区約370名の半数が犠牲となり、ひとつの集落が消えてなくなった状況。先日の住民説明会では、全会一致で集団移住を希望されたということだった。また、農地復旧という名目で震災以来水没状態となっている農地からポンプで海水を汲み上げる作業が間もなく始まるそうだが、実はこの作業は犠牲者のうち未だ行方不明となっている約60名の遺体を捜索するためという事実を聞かされて言葉を失った。

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建物の上のバスが象徴的な雄勝地区。その奥には分別がされていない瓦れきの山。

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海沿いの女川の惨状も想像をはるかに超えたものだった。ビルが根こそぎ津波に洗い流され、おもちゃのように横たわっている。瓦れきの撤去はかなり進んでいて分譲地のようにきれいな印象。10ヶ月前までここに町並みがあったことが信じられないその光景が胸を締め付ける。写真はかなり高台にある町立病院から撮影したもの。にわかには信じられなかったが、津波は町立病院の1メートル以上にも達したとのこと。有名人が支援に訪れたり、報道で大きく取り上げられる石巻に比べ、ボランティアの数が足りていなかったという現実も。

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2012年1月19日 (木)

議員活性化の足がかりにッ!

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議員活性化の足がかりにッ!

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2012年1月18日 (水)

石巻の今・・・ その1

月曜日、佐藤県議・岡田市議と共に宮城県石巻市を視察してきました。その大きな目的は災害廃棄物処理の進捗状況を知るため。

わが三条市では宮城・岩手の瓦れき受入れを表明していますが、泉田知事は現状での受入れに難色を示しております。三条市議会、新潟県議会でもこの課題が議論となることは必至ということで、この目で見てきたというわけです。

復旧・復興にあたる行政職員に迷惑をかけてはいけないという思いから当初は自己完結での視察を考えていましたが、昨年末に國定市長が石巻で石巻市長と防災に関する講演をされたご縁で、国交省東北地方整備局北上川下流河川事務所や市の災害廃棄物対策課長・河北総合支所長が対応をしてくださいました。

資料・データをお示しいただきながら、現地で詳細なご説明をいただいたことに心より感謝しつつ、「凄まじい」「辛い」「悲しい」だけで終わることが絶対にあってはならず、この現状を三条に持ち帰り、議会や自身の市政報告会等を通じて、“私たちにできること”“私たちがやらねばならないこと”をもう一度しっかりと議論することを強く誓った視察となりました。

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画面の中ほどに見えるのが4層に積み上げられた瓦れきの山。国の基準では高さ5mまでだが、石巻市では特例で7mまでとなっている。

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石巻市の瓦れき推計量は約616万㌧。岩手県の全体推計量が約475万㌧であることを考えるとこの量が天文学的なものというのが分かる。ちなみに石巻市の年間のごみ処理能力は5.8万㌧。単純計算で100年以上かかる計算。
学校のグラウンドなどを利用した仮置き場への搬入済量は40%ほど。他市町ではほぼ100%のところもあるが、絶対量の多さも原因している。


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市内20数箇所の仮置場に瓦れきの山があるが、その他に11箇所の廃車両の仮置場がある。あくまでも“仮置場”。これらの2次処理が進まなければまちの復興も進まないということ。雪はほとんど降らないが三条よりもむしろ底冷えのするような石巻。冬季はいいが、夏季にはごみの発熱・火災、ハエmの大量発生などでの悪臭や衛生面で深刻な問題が出てくる。

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2012年1月13日 (金)

2012年初ブログ

もう小正月を迎えるのにこれが2012年初ブログ。

仕事を怠けていたわけではなく、元旦朝4時の仕事始めを皮切りに地元行事を中心に走り回っていますが、ブログを怠けていたのは大反省です。多くの方々から怒られました・・・

議員となって2度目の年末年始、去年に比べるといろんな会合にお招きをいただきました。肝臓のことや会費を考えると楽ではありませんが、これまでお話しする機会がなかった方々との出会いは自分の活動する上では大きな財産です。

ところで、この年末年始はどこへ行っても「2011年は災害に始まり災害に終わった一年」だった」という異口同音の挨拶が聞かれましたね。特にわが三条は夏に大水害も経験しましたので・・・

ある会で学んだ対照的な二つの句。

元日や はれて雀の ものがたり  嵐雪
昨日まであれやこれやと気ぜわしい日々を送っていたのが、一夜明けると一点の雲もなく晴れ渡った元日で、軒端の雀のさえずりも新鮮で何やら楽しげ。

去年(コゾ)今年 貫く棒の 如きもの  高浜虚子
一月一日の午前零時を境に、去年と今年は一瞬のうちに転換するが、そんな時の流れの底には、年が改まったからといって変わらない、棒のように真っ直ぐなものが貫いている。

震災・水害とも、もっとも大切なのは“忘れないこと”だと僕は考えています。現に被災者の方々は未来を描けぬままに新しい年を迎えているわけで、同じ市民として、日本人としてその現実を忘れず、そして、自分にできることを問い続けることを忘れてはなりません。

しかし、一方では新たな一歩を踏み出さなければなりません。被災者の方々と共に。

今月いっぱい、まだまだ新年会が続きます。今夜もhappy02

今年もよろしくお願いいたします!

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自民党県連青年部の「新春恒例街頭演説」(新潟駅前)

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体育協会新年会で中学生以来20数年ぶりに『若い力』を大合唱!不思議と歌詞を覚えていました・・・

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普段なかなか一緒に遊べない娘と雪だるまづくり!

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