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2012年5月

2012年5月30日 (水)

最後の地場産理事会~人事の季節

所属会派『新しい風』ブログ、書き込みました!

最後の地場産理事会~人事の季節

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2012年5月25日 (金)

第4回県央みらい塾

小林燕市議・瀧澤加茂市議・今井田上町議と僕の4人で立ち上げた県央みらい塾。

これまで三条にて災害対策、燕にて生涯学習、加茂にて観光振興について勉強会・意見交換を重ねてきましたが、4回目となった昨日は田上町の『12か年教育』を学びました。

町立の幼児園・小学校・中学校で子どもたちに一貫した教育を施していこうというもの。

2年前、5保育所と1幼稚園を老朽化などを理由に統合。この竹の友幼児園の開園を機に幼児期から中学卒業まで、連続性を持った教育に取り組んでいるとのこと。

特徴は家庭での教育を重視している点。地域も含め町ぐるみで子どもたちを育てていこうという姿勢は見習うべきところがあるかもしれません。

ただし、家庭や地域がどれほどこの取組みを理解し協力してくれているかをはかることは難しく、実際の子どもたちへの効果というのも何をもって了とするのかも難しいことも事実。

「12か年教育が結果的に学力向上をもたらすはず」というお考えもあるようですが、生活面だけでなく、学習面でも連続性を活かすことができれば、学力の高い子どもたちが育っていくことになるということでしょうか・・・

田上町はほとんどの未就学児が通う1つの幼児園、2つの小学校、そして1つの中学校という1中学校区。9中学校区であるわが三条市とはそこが大きく異なります。

それでも来春完全実施される三条市の小中一貫教育は9中学校区それぞれの地域性を活かした特色のある教育を目指しているわけで、そういった意味では田上の12か年教育も大いに参考になりそうです。

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2012年5月22日 (火)

渡邊常世像に想う

終戦時、第四代三条市長を務めた渡邊常世氏のことを知る三条市民は多くはないかもしれません。

下田地区・島川原で生まれた氏は27歳で町議(当時)となり、その頃も三条の大きな課題であった洪水対策や大きな病院建設などに尽力し、助役・県議なども歴任した三条市政に大きな足跡を残してきた人物。

そんな氏の銅像が道心坂の途中、月岡地区の小さな公園に建立されていることを知ったのは昨年の今頃の季節。
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月岡地区の老人会有志の皆さんが春と秋の年2回、公園の草取りと落ち葉拾いをされていて、ご縁があって僕も仲間に入れていただいたというわけです。

渡邊市長は月岡地区の発展にも多大な力を尽くしたそうで、そんな氏を称える立派な銅像と公園を地域の方々が細々と管理をされています。大きな桜の木もあり、知る人ぞ知るお花見スポットでもあるらしい。

また、氏は長らく退いていた三条市長の座に83歳にして再び就いていますが、三条市政では最初にして最後のできごと。それだけ、市民の敬意と期待を集めた政治家だったと評価すべきかもしれません。残念ながら病に倒れ、志し半ばで87歳で生涯を閉じました。

生まれ故郷の下田の里を一望する渡邊常世市長は今の三条市政を、新潟県政を、国の行方をどう見つめているでしょうかね・・・

年に一度か二度、“月岡の語りべ”の皆さんと汗を流しながら僕の知らない歴史をお伺いする機会は、三条市政に身を置く僕にとっての財産でもあります(^0^)

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2012年5月 5日 (土)

放射能と私たちのくらし―初の市民学習会

昨夜行われた『放射能と私たちのくらし』と題した市民学習会。災害廃棄物の受入れを表明している三条市が「市民の放射能に対する正しい知識を学んでもらいたい」と開催したもの。講師は放射線衛生学が専門の木村真三独協大准教授。

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開会時には70名ほどだった聴衆も最終的には100名前後に。GW只中の開催としてはまずまず参加者数だったように思います。市民の関心も高いということかもしれません。

木村講師は月の3分の1はウクライナに出向いてチェルノブイリの追跡調査を、3分の2は福島での調査をされていて、そういった経験やデータから科学的な“講義”を聞かせてくださいました。

超文系人間の僕には聞いていて頭に入ってこない所も正直ありましたが、福島第一原発事故によって日本列島全土にわたって放射性物質が飛散しているという現況や事故がなくても私たち人間の身体の中に半減期が12.7億年というカリウム40が存在していてその濃度が4000ベクレルほどの高濃度であるということなどを知りました。

最も印象に残ったコトバは「放射線の被ばく量小さければ小さいほどいいが、原発事故後、状況が大きく変わった中でどう受入れていくかが大事」というもの。三条市が検討している災害廃棄物受入れについても、「三条市がどうこうではなく、国がしっかりと指針を示して全国各地津々浦々すべてで受入れるべき」ということでした。

残念だったのは質疑応答の中での一幕。

ある中年男性が、「木村先生には言いたいことは何もない。市民部長いるかッ!?前に出て来いッ!!」と主催責任者の市民部長をステージに上げ、「なぜ國定市長が来ない!?」などと口汚く市長批判を繰り返しました。

彼に拍手で同調したのは数名程度。他の参加者はいぶかしげな顔をしていたわけですが、こういった事態を避けるために市民学習会と銘打っているわけで・・・部長も「今日は学習会ですので木村先生へのご質問を」と取り合いませんでしたが、最初からステージに上がる必要もないし進行役の中央公民館長も遮るべき。

かつてない取組みに市民が不安をおぼえるのは当然のこと。そんな不安を払拭すべく今後の市民学習会のあり方を工夫する必要がありそうです。

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